推しの名前を書くのがしんどい、というはなし。

タイトルがものものしい。

 

なんてことはない、推しの名前の中に書くのが苦手な字がある、というだけのこと。

 

若手俳優界隈の沼でちゃぷちゃぷし始めて初めて気づきました。

お手紙の宛名・本文、雑誌のアンケートなどなど、意外と推しの名前を書く機会多いこと。

やっぱり推しの名前は綺麗に書いてあげたい、目に留まるときならなおさらに。

 

別に私の字は汚くない方だと思う。

読めないと言われたことはないし、なんなら上司は褒めてくれる。

大好きな人のために書いている文字なら、いつもより丁寧に書く。

だけど1つだけ、絶対に綺麗に書きたいのに書けない字が推しの名前の中にある。

 

これはしんどい。

 

右利きだから左から右へ線が伸びるのは問題ない。

その逆になるのは左払い、きみだけなんですよ。

推しの名前にはこの左払いが多用された字が入っている。

「須」とか「磨」みたいなもの。

封筒をじっと眺めて、この一文字だけが気に入らない。

でも書き直しても同じなのを知っている。

アンケートはがき、愛が足りないんじゃないんだよ。

むしろ愛があふれているのかもしれない。

 

子供の頃に習字に通っておけばよかったのあかなぁとか

この一文字の為に今から日〇ンの美●子ちゃんかなぁとか思う。

そのお金があったらチケット買って交通費にして舞台を見たい。

いろんなバランスがおかしい気がする。

 

今日も納得がいかないまま、推しの名前が書かれた封筒は

重い愛を詰め込んで東京の方角へと旅立って行きました。

 

しんどい。

推しの体型変化をどこまで許せるか、というはなし。

推しが痩せてきています。

就任2年目のトップスターかっていうくらい頬がこけてきています。

きみは朝海ひかるか!コムちゃん大好きです。

 

冗談じゃなく、口に無理やり米と肉を突っ込みたい。

食べたら動けなくなるからセーブしてるんでしょうか。

終演後の食事だけでは摂取量<<<消費量なんでしょうね。

少し無理してでも食べてほしいです。

 

 

そんな痩せていく推しを見ながらふと思いました。

 

逆にどこまでなら太っても許せるだろう、と。

 

 

 

 

奇数月は190センチ150キロみたいな男性が狭いスペースでぶつかりあうスポーツを偏愛している私ですが、別にデブ専なわけじゃない。

どうせなら美しいものを拝んでいたい。

15~20年後の推しにはレット・バトラーが似合う男であって欲しい。

 

けれどもほら、毛髪は不可抗力だし。

推しのお父さんの状況は知らないけど。

でも不可抗力だし、舞台だったら鬘OKだし、許せると思う。

だけどぶっよぶよになったらどうだろう。

 

恰幅が良い、は全然セーフかな。想像つかないけど。

岡田真澄みたいな感じ。若い人は画像検索してください。

タキシードとグラスとか、羽織袴が似合うくらいの体格。40過ぎたらどんとこい。

あと10年くらいはそういうの似合わなさそうだからもうちょっと後で。

 

 

つらつら順番に大きくしていって結論、今の彦摩□までいったら厳しいなって。

役者としての需要を超えるかな、って。

不健康そうで見ていられないな、って。

20年くらい前の彦○呂のビジュアルはとても好きなんだけど。

小学生の頃にレンタルビデオで見たファンシィダンスのかっこいい英俊さんはどこへ行ってしまったんだろう。

今はバラエティ出てるの見ていられない。

 

 

かっこよくいて欲しい、の前に、健康でいて欲しい。

役者として生活できていて欲しい。

それがクリアできる体型が、いつか推しが青年でなくなった時の限界値かな。

 

 

 

 

けれど今しばらくは、誰が見ても美しい青年でいて欲しい。

 

これが正直な気持ち。

 

推しの徳が高い、というはなし。

そう、徳が高いんです。

 

 

高みに登って行くのを見ていたい、という俳優さんがいます。

イチイチ説明するのがめんどくさいので以後「推し」とします。

別に名前を出してもいいんですが、私が気恥ずかしいので書きません。

 

 

推しの徳が高いんです。

そりゃあもう。

それはとてもいいことです。

 

中小企業で事務仕事をしながら、定時になるまでどうやりすごすかを考えているような私には、彼は徳が高すぎるんです。

まぶしい。

こんな徳なんか欠片もない私が応援していていいのかと思うくらい。

twitterを覗いては、彼の徳の高さに三年峠を麓まで前転で転がり落ちる気持ちです。

 

 

 

推しはとてもいいヤツです。

いいヤツっていうのもどうかと思うけど、

いい人とは違うし、

とっくに成人してるからいい子でもないでしょう。

 

いいヤツ。

 

愛情をたっぷり注がれて、それを素直に浴びて、すくすく育ったように見えます。

 

 

ぽんこつなので漢字も計算も苦手ですが、賢いので間違ったことはしません。

ファンが何をしてほしいか、何を言ってほしいか、ちゃんと分かっているようです。

 

野生の勘で。

 

たぶん。

残念ながら野生の勘で。

 

野生の勘なので「して欲しいだろうな」じゃなくて「してあげたいな」なんですよね。

もうその発想から別の世界の生き物だ。

いいヤツだな。

 

 

スキルアップだっていつの間にかしている。

仕事が無い時も、稽古中も、頑張ってるアピールがない。

 

何も言わずに山ほどレッスン通ってなければこんなに進化するわけないじゃない。

でも何も言わない。

劇場に行って初めて、彼が積み重ねただろう努力を知るのです。

 

すぐに「んー、やりたくないです!」って上司に言う私とは真逆の生き物です。

 

 

だから今日も私は彼の徳の高さの前にひれ伏すしかないのです。

 

自分が彼を推していていいように、徳を積もうとするのです。

とりあえずは、めんどくさい書類を後回しにせずに着実に片づけるところから。

 

ずっと年下の若手俳優であるあなたへ。

おかげさまで会社のデスクの上の書類が、ごっそり片付きました。

 

ありがとう。

褒めるのはむずかしい、というはなし。

高みに登って行くのを見ていたい、という俳優さんがいます。

いわゆる「推し」というやつなのかもしれません。定義が曖昧ですが。

彼は今、絶好調です。

 

twitterで彼の名前を検索すれば、たくさんのお褒めの言葉が目に入ります。

見た人も、まだ見てない人も。

褒められれば素直に嬉しい。

貶している人もいるのかもしれないけれど、視界に入ってこなければ無いも同じ。

技術的なことも、ファンサ的なことも、

やろうとしていることが全て受け入れられている。なんて幸せなんだろう。

 

その中で1つだけ、悲しくなるというか残念に思うことがあります。

 

「●●くんが~~できるのは前に○○役をやっていたから当然」

「●●くんのファンサがいいのは△△役に選ばれていたくらいだから当然」

 

2.5次元と呼ばれるジャンルでお仕事を続ける以上、仕方がないのかもしれない。

書いている人はきっと褒め言葉として書いているんだと思う。

ただなんとなく、この種の感想を見るたびに彼の努力が無視されたように感じてしまう。

 

確かにね、表面の表面のところで、過去の役と共通するところがあるように見える役だよ。でも、まったく違う人間だよ。

 

~~できるのは、彼ができない悔しさを隠さずにぶつかって努力できる人だから。

ファンサがいいのは、彼が丹念に役を研究した結果。

過去の役のおかげじゃない。

今の彼の力なのに。

今の彼がボロボロになりながら作ってきたものなのに。

そこは見てもらえないのか。

 

苦労したと言わない人。

努力の様子を見せない人。

けれど、苦労も努力もたくさん重ねる人。

 

だから見ていたいと思った人。

 

当然なんかない。

 

褒めてもらえて嬉しい。だからキャラクターではない「彼」のことも知ってほしい。

「彼」を見てほしい。そして「彼」を褒めてほしい。

 

わがままだなぁ。